伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・上) - 翻刻

藩翰譜(八・上) - ページ 19

ページ: 19

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【右丁】 《割書:いつの年か|しらす》其子甲斐守綱元父か家をつく寛文四年十二月 廿五日従四位下の守に任し御諱字賜る《割書:此流毛利|と称す》 日向守大江就隆《割書:毛利と|称す》輝元入道の二男周防国徳山 をわかちゆつらる《割書:五万|石》其子日向守元賢父卒て家をつく 刑部少輔大江元/和(イニ知)《割書:毛利と|称す》秀元の二男父の所領をわかち 給ふ《割書:長門の地にて|二万石を領す》慶安四年八月十六日に叙爵す男子 二人嫡子伊予守元武延宝元年十二月廿八日叙爵 二男権三郎元平といふ 【左丁】     島津 《割書:後賜松平|》 修理大夫源義久入道龍伯は島津豊後前司忠久か後 胤也忠久はしめ後鳥羽院の御宇建久四年鎌倉右大将家 の仰を蒙り薩摩国の守護職を給る其身大番役に したかつて都に有事凡三年まつ郎等本田次郎を薩 摩国に下し国務の沙汰せしめ同き七年本田上洛 して忠久をむかへ国に下る忠久まつ当国出水の山に着て 庄内に移る右大将家の御教書にまかせて薩摩国はいふに 及す大隅日向の国人等守護の下知に随はさる輩悉く 退治して其後薩摩国鹿児島に住す《割書:この頃かこ島には|矢神といふもの有》