翻刻
【右丁】
《割書:いつの年か|しらす》其子甲斐守綱元父か家をつく寛文四年十二月
廿五日従四位下の守に任し御諱字賜る《割書:此流毛利|と称す》
日向守大江就隆《割書:毛利と|称す》輝元入道の二男周防国徳山
をわかちゆつらる《割書:五万|石》其子日向守元賢父卒て家をつく
刑部少輔大江元/和(イニ知)《割書:毛利と|称す》秀元の二男父の所領をわかち
給ふ《割書:長門の地にて|二万石を領す》慶安四年八月十六日に叙爵す男子
二人嫡子伊予守元武延宝元年十二月廿八日叙爵
二男権三郎元平といふ
【左丁】
島津 《割書:後賜松平|》
修理大夫源義久入道龍伯は島津豊後前司忠久か後
胤也忠久はしめ後鳥羽院の御宇建久四年鎌倉右大将家
の仰を蒙り薩摩国の守護職を給る其身大番役に
したかつて都に有事凡三年まつ郎等本田次郎を薩
摩国に下し国務の沙汰せしめ同き七年本田上洛
して忠久をむかへ国に下る忠久まつ当国出水の山に着て
庄内に移る右大将家の御教書にまかせて薩摩国はいふに
及す大隅日向の国人等守護の下知に随はさる輩悉く
退治して其後薩摩国鹿児島に住す《割書:この頃かこ島には|矢神といふもの有》