伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・上) - 翻刻

藩翰譜(八・上) - ページ 22

ページ: 22

翻刻

【右丁】 て豊後国をもあはせんとすそのゝち関白天下しろしめし 初め前の日向国の守護伊東三位入道の弟民部大夫 祐兵殿下に給仕して東国安堵の事を望み申けれは 関白かねて九州征伐の事を思しめしより給ひし所に 天正十四年正月大友又上洛して島津御退治あらんには 先陣を給るへきよしを望む義久又鎌田刑部左衛門尉 を使として年比うちしたかふる所八ヶ国の守護職相 違なからんにはいそき上洛して殿下に伺候すへきよし を申す関白殿聞召て大隅薩摩は本領なれは相違は あるへからす又日向肥後筑後おの〳〵半国を給るへし 【左丁】 日向の地半国は伊東か本領なれはかれに給ふ豊前国に 筑後肥後の半をは大友にかへし肥前国をは毛利か 家に附て筑前の国をは御領のために献すへき所也と 仰下さる義久大にいかつて此国々はこと〳〵く義久か年 ころ多くの軍してうちしたかへし所也およそ地を あらそひ兵を戦はしむる事めつらしからすいかて秀吉 の下知としてゆへなくかれらにさけ渡すへきとて まてに軍勢を催して豊後国にせめ入らんとす此年 の冬関白の御使として仙石権兵衛尉秀久長曽我部 土佐守元親鎮西に下向し義久か横領せし国々を