翻刻
【右丁】
さつて日向の国にてふせき戦はんとす又関白の御使と
して奥山商人一色の何某と共に府内の城に来て義久
に対面しすみやかに戦をとゝめて殿下に伺候すへき由
のたまふ義久さらにしたかはすほとなく関白の勢鎮
西の地におしわたつて二十五万余騎を二手にわけ大和
中納言秀長山陰山陽等の勢を引率し伊東祐兵を
案内とし豊前豊後を経て日向国にむかひ関白畿
内畿外南海北陸等の勢をひきゐ筑前筑後を経て薩
摩国に攻入給ひし程に鎮西の国人等冑をぬき弓の弦
をはつし降人になつて参るもの引もきらす島津兄弟戦
【左丁】
つかれたる小勢にて多勢の敵とこゝかしこに戦ひ散々に
うちなされて本国に引かへす同き五月関白の御勢薩
摩国にみたれ入て先陣すてに鹿児島におし寄たり
島津も今は防き戦ふ事かなはす義久みつから剃髪染衣
の姿となつて小童壱人召具し大平寺の御陣にある関白殿
頓て御対面ありて御気色ことによろしく大隅薩摩両国
安堵の事仰下さる義久舎弟義弘歳久家久を始として
宗徒の家子郎等皆見参に入別の仰によつて大隅《割書:七|郡》
日向《割書:二|郡》の地をわかちて兵庫頭義弘父子幷に家人伊集院
新納にそ下し給る九州二嶋こと〳〵く平均に属しけれは