翻刻
【右丁】
三年十二月二日卒す三十一歳その子息飛騨守久英
つき延宝四年八月十一日廿六歳にして卒す其子
万吉丸わつかに一歳従弟又吉郎久寿をもつて
家をつかしむ《割書:のちに式部|少輔に任す》
【左丁】
鍋島 《割書:後賜松平|》
加賀守藤原直茂は鎮守府将軍秀郷九代の孫鎮西の奉
行筑前守資頼か嫡孫太宰少弐経資か後胤也経資
より十一代太宰大弐教頼か二男経直か孫鍋島平右衛門尉
茂尚これ加賀守直茂か祖父也けり始め享禄三年肥前国
佐賀郡の地頭龍造寺山城守家兼太宰新少弐参尚【冬尚ヵ】をたすけ
て当国の国人筑紫朝日杉の人々と三根郡田島村と云所に戦
手合の戦御方既にまけ色に見へし所に赤熊一揆の兵等
《割書:軍兵皆冑の上に|紅楼を懸しと也》忽御方に馳加り先かけし戦ひ多くの敵
をうち破り家兼終に勝軍し悦事なゝめならす彼輩を