伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・上) - 翻刻

藩翰譜(八・上) - ページ 33

ページ: 33

翻刻

【右丁】 母上の御方より参らせらるゝ旨にて輿むかへ取て相見る に隆信の母也けり清房もつての外に驚きおそる隆信 の母清房にむかひ隆信いまた幼なく祖父と父とにはなれ 参らせたのもしき人ひとりもなしわ殿の子ともよのつねの 人にあらすわらは子として隆信兄弟とせんと思へはかくは はからひし所也さのみなあやしみ給ひそとて清房か妻と成 し上は信房信生隆信か兄弟とは成てけり《割書:いとこちかひに|て世にいふゆき》 《割書:あひ兄|弟也》永禄六年同国有馬晴純入道仙岩北代郡に向て 千葉胤連と軍す隆信軍勢をひきゐて千葉をたすく 此胤連と申はむかし左衛門大夫信生か幼き時養ひし人なれは 【左丁】 信生其恩に報せん為まつさきにすゝみ戦てかたきの 勢を打やふる《割書:信生時に廿六才|これ高名の初か》元亀元年春大友左衛門督 義鎮入道宗麟隆信をうたんとて十万余騎を引率し 肥前国にむかふ同き四月廿三日隆信高尾に出向つて 戦ふ信生か謀ゆゝしくして手合の戦に勝軍すされ ともかたき目にあまる多勢なれはこゝかしこに攻入て 同き八月十九日大友の先陣同き八郎親貞今山に陣取て 諸方の寄手明日すてに佐賀の城を攻んとす龍造寺 家滅へき事此時にきはまりぬ此夜左衛門大夫信生 隆信をすゝめて親貞か陣に夜討しをのか手勢十七騎