伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・上) - 翻刻

藩翰譜(八・上) - ページ 37

ページ: 37

翻刻

【右丁】 に仰つたへられ給はらんには直茂か幸なる事これに すき候へきとのそみけれは徳川殿大に感したまひ 中納言にもその事を申伝ふへき所也とそ仰せける 明れは慶長五年秋徳川殿奥の景勝を御退治のため 御下向ありと聞えけれは直茂か息信濃守勝茂軍 勢を催し御跡をしたふて馳下るかゝる所に石田治部 少輔三成近江国愛智川の辺に新関すえて東国 下向の軍勢をおしとゝむ大坂の奉行等秀頼の 仰として書を勝茂に送る抑内府みつからの家 たてん事をはかりてやゝもすれは大閤の遺命に 【左丁】 ゆへ彼奉行等か謀におちてあやまつて父の御心にも そむきし事かへす〳〵も無念也今は先非を悔るとも およふへからす此上は内府の御使こふてすみやかに 腹をきり父のつみかうふらせ給はぬやうをこそはかる へけれといふ宗徒の家人等これを聞て御自害の事 なをおそきにあらすひとまつ此旨をもつて陳し 給はんに徳川殿御ゆるしなからんにいたつてはとにも かくにも御心に任せらるへうもや候君はいまた御年 廿一歳にこそならせたまへ徳川殿直茂の御契りを 覚しめし出されはいかて寛宥の御沙汰もなかるへき