翻刻
【右丁】
摂津守直之にゆつる入道して義峯と号す摂津守
直之はしめ万治三年十二月叙爵す
刑部大輔藤原茂【イ直】継《割書:鍋島と|称す》直茂か四男肥前国九島の
地をわかち領す《割書:二万|石》承応三年十二月和泉守に
なる其子備前守寛隆寛文十二年十二月叙爵す
【左丁】
蜂須賀 《割書:賜松平|》
阿波守源家政は修理太夫正勝か男也初め足利修理大夫
高経か末孫尾張国海東郡に住して蜂須賀とは名
のつてけり家政か父蔵人正利か代におよひてわつかに
蜂須賀百貫の地を知行す正勝初の名は小六後彦右衛門
尉と申す織田十郎左衛門尉信清に属して《割書:信清は当国|犬山の城に有》そのゝち
織田兵衛尉に随ひ《割書:岩倉の城|を領す》又美濃国斉藤山城入道道三に
つかふ《割書:道三義就【龍?】父子の兵起り一日両度の戦ありし日正勝|両度なから一番に鑓をあはせ首きりしといふ》永禄の初織田
上総介殿につかへて桶はさまの合戦にさきかけし一騎を切て
又一人を生捕元亀三年の夏信長越前国に攻入て浅井