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【右丁】
心変すと聞て軍をかへされし時木下藤吉郎秀吉後陣
に有正勝同く後陣に随て引かへすこれよりして後正勝
を秀吉の手に属られたり《割書:此時木村常陸介生駒雅楽介前野但馬守|加藤遠江守等も同しく秀吉につけられ》
《割書:しといふ也〇按するに以上の説は大閤記にしるせし所に同しからす記にみへし|所は永禄九年の秋信長宗徒の侍大将をめしあつめて美濃国をうた》
《割書:れん事を議せられ木曽川のあなたに要害をかまへ軍兵をこめんに|たれかあつて我為にかの所を守らんと思ふとのたまひしに大河をへたて》
《割書:ひとの国に入多くの敵にあたらん事もつての外のなんきなれはわれ大将|を給らんと望もの一人もなし大閤いまた木下藤吉郎と申せしを信長ひそ》
《割書:かにめして此事をはかり給ふ秀吉承てかの要害守らん事御勢をこめ|らるゝまても候はし彼ほとり篠木柏木科野秦川小幡守山根上》
《割書:等の野武士をめし出し御家人となされてこめられんにはしくへからす秀|吉身不肖には候へとも大将をゆるされんには彼輩を引くし守るへうもや》
《割書:候と申さる信長大に御感あつて秀吉始て一方の大将となさるさる|ほとにかの野武士等召あつめ一千二百余人かうちをすくつて蜂須賀小六》
《割書:正勝をさきとししかるへき兵十人織田殿にすゝめて侍大将になさる正勝|のちに彦右衛門尉と申つねに秀吉にしたかひしよし見へたりき》
【左丁】
天正元年織田殿秀吉に近江国長浜の地給ひし時正勝
又伊勢国長島の地を給り《割書:此時一倍の地を加|給る領すといふ》同き三年秀吉又
摂津国大坂の戦を賞し所領の地加らる同き年秀吉播
磨の別所と戦しに正勝僅の勢を引くして敵百余騎を
うつ其功比類なかりしかは秀吉頓て多くの地をくはへて
其功を賞せられ《割書:五千石の地加|られしと云》終に一方の大将を承る同七年
伯耆国の南条《割書:勘兵衛尉|光次也》吉川か三万余騎に城攻られ
《割書:羽衣石|の城》城中の粮既につき秀吉後巻しけれと敵多勢なれは
戦ふへからす家政の年廿二歳伯耆国の住人神子田荒木等
に案内させ御方の馬ともに粮負せて城中にはこひ入れ