翻刻
常(つね)に用ひざる井(ゐど)の水を飲(のむ)べからず陣取(ぢんとり)たる所に
古井あらば汲尽(くみつく)して新水(しんすい)を用ゆへし汲(くみ)かへる
時 蝋燭(らうそく)をともし井中に下(くだ)してみるに消(きゆ)るは毒(どく)
あり新(しん)水を外より投(なげ)入て欝気(うつき)を散(さん)じ又火を
下して試(こゝろ)むべし火の消(きえ)ざるはよし古井に入て
卒(そつ)死せるを度々(たび〳〵)見聞(みきゝ)せり流水(りうすい)は皆(みな)用べしと
いへども毒虫(どくちう)毒草(どくさう)或(あるひ)は砒石(ひせき)など源(みなもと)に在(ある)は水に
も毒(どく)あること古よりの戒(いましめ)也あるひは茸狩(たけがり)にゆき
野原(のはら)にて清水(しみづ)溜(たまり)たるを見ていかにも潔([い]さぎよ)ければ
飲(のみ)て帰(かへ)りぬると其(その)夜(よ)より腹痛(ふくつう)はげしく膓癰(しようえう)を
病(やみ)たりき是(これ)は毒(とく)の緩(ゆるむ)なる也 天水(てんすい)おけの水も止(たまり)
水(みづ)と同理(どうり)なり夏日 炎天(えんてん)に水を桶(おけ)に入てあた
ため湯(ゆ)になりたるに浴(ゆあみ)すべからず俄(にはか)に中暑(ちうしよ)
するものなり況(いは)んや呑(のみ)たらんはます〳〵毒(どく)ある
べし但(たゞ)し天日にあてゝあたゝめたるうへを火にわ
かし直(なを)せば浴(ゆあみ)しても害(がい)なし少も餒(すえ)【饐】たる物と覚(おぼ)ゆる