翻刻
【右頁】
男女 相恋(あいしたふ)の情(じやう)の切(せつ)なれとも各(おの〳〵)己(おの)か身(み)の其 節(せつ)を守(まも)るか故(ゆへ)に
初(はじ)めて遇(あひ)し中もうちたえて逢(あは)れぬ身(み)となれは中納言(ちうなごん)朝忠(ともたゞ)
の哥(うた)に 遇(あふ)ことのたえてしなくは中々に人をも身をもうらみ
さらまし又 己(おの)が節(せつ)を守(まも)るか故(ゆへ)に人にもしらせまじと平兼盛(たいらのかねもり)
の哥(うた)に しのぶれと色(いろ)に出にけり我(わか)恋(こひ)は物やおもふと人のとふ
まで男女 雌雄(しいう)牝牡(ひんぼ)相慕(あいしたふ)は天地(てんち)自然(しぜん)の情(’じやう)なれば養生(やうせう)之(の)道(みち)之(これ)
を絶(ぜつ)せよといふにはあらず其 節(せつ)を能(よく)守(まも)るべきを謂(いふ)なり王侯(わうこう)
其 節(せつ)を失(うしなふ)に至は妾媵(せうよう)を重(おもん)じて世臣(せいしん)を軽(かろん)し女(によ)謁(ゑつ)を聴(ゆる)して
忠言(ちうげん)を拒(こばみ)後宮(こうきう)奢(おごつ)て府庫(ふこ)乏(とも)く城(しろ)を傾(かたむ)け国(くに)を亡(ほろぼ)して遂(つひ)に
【左頁】
正命(せいめい)を保(たも)つ事を得す太夫(たいふ)士節(しせつ)を失(うしな)ふに至(いたつて)は妻妾(さいせう)に溺(おぼ)れて公事(こうじ)
を忘(わす)れ外戚(ぐわいせき)を親(したし)んで本宗(ほんそう)を疎(うと)くし或(あるひ)は又 甚(はなはだし)きに至ては他(ひと)の
妻(つま)を犯(をか)して太節(たいせつ)を破(やぶ)り官(くわん)を■(はが)れ秩(ちつ)を喪(うしな)ひ瓢流(へうりう)身を托(たく)するに
地なく饑寒(きかん)貧苦(ひんく)其身に迫(せま)り非命(ひめい)に死する者 鮮(すくな)からす庶人(しよじん)
節を失に至ては正妻(せいさい)を疎(うと)んじて《振り仮名:小星|せうせい|てかけ》を親(したし)み小星(せうせい)は驕(おごり)て正妻(せいさい)は
妬(ねた)む妬むによつて夫(おつと)とは益(ます〳〵)うとく正妻は夫(おつと)に疎(うとま)るゝを怨(うら)み遂(つひ)に
竊(ひそか)に家人 姦(かん)す姦夫(かんふ)露(あらは)れて夫(おつと)は怒(いか)る憂悶(いうもん)遂(つひ)に病(やまひ)を発(はつ)し非(ひ)
命(めい)に死する者 多(おほ)からすとせず或(あるひ)は遊斜(いうや)節(せつ)を失ひ妓(ぎ)に心酔(しんすい)
して《振り仮名:情郎|じやうらう|なしみおとこ》となり妓(ぎ)も亦 慕(したう)て《振り仮名:情痴|じやうち|ふかきなか》となり比翼連理(ひよくれんり)の契(ちぎり)を