翻刻
【右丁】
彼家亡ふへき時既に至りぬほろふへき家の方人して
当家累代の功忽にむなしからん事口惜かるべき次第也
しかるに今織田殿かく多年の恨みをすてゝ隣国のよしみを
結はるゝ事且は当家の幸且は当時の誉也すみやかに
御同心のよしを伝られへきにて候とて伯耆守か許より
同心の返答をそしたりける信長なゝめならす悦ひ元康の
心をはしりぬ此上は彼舅下野守信元の中たちよかんぬとて
頓て御対面の後行はる織田殿見参のしるしなれはとて
長光の御太刀に吉光の御刀そへて引出物にそなされける
《割書:織田殿と御和睦 ありし事いつれの|書にも詳ならす此説伊束法印か記に出》氏真此よしを伝へ聞以ての外に
【左丁】
いかつて竹千代殿をさきとして御家人等か人質こと〳〵く
うしなはるへしと聞ゆ此事又大方ならぬ難義なるに雅楽介
政親此事におゐては某いかにもはからふへし御心安思し
めされ候へと申て御家人のうちを撰て成瀬藤五郎を使とし
氏真無双のきり人三浦右衛門佐につきて其旨趣を陳す抑
亡父広忠か時より元康か身に至る迄故治部大輔殿の御情
を蒙て候事いかてか忘れ候へきさるによつて御被官の列に
候し既に嫡子竹千代丸を質として参らせ候ひぬ元康に
候へ義元朝臣の御情を忘れ候ともいかてか父子の哀をしら
て候へき父元康こそ義元朝臣の御情をも忘れ父子の哀