翻刻
【右丁】
石川伯耆守数正か許に此由かくと云送る徳川殿も宗徒
の人々めして評定あり各一同に申けるは当家もと今川の
一族被官と申にても候はす 一とせ故殿いまたいとけなき
御時此城を出させたまひしに御供の輩御ゆかりにつきて
義元を頼まいらせ彼御加勢を乞てふたゝひ還し入奉りし
より此かた両家のよしみ日々にふかし然るに故殿失給ひし
のち義元なさけなくも君を駿河に押止まいらせ御領
こと〳〵くにをしとりつねに御家人等を駈催しこゝかしこの
先陣うたせ彼家のために 命を落し家をほろほせし
輩いくらといふ数をしらす義元うたれ給ひしより此かた
【左丁】
既に三年に及て君もこゝかしこの御合戦に一日片時も安ひ
御心もましまさす是偏に当国のためのみにも 候はす
しかしなから氏真の方人して一度信長と勝負決せられん
がために候はすやそれにまさしき義元の子にてまします
氏真父の仇報んと思ふこゝろさしもなしたとへ氏真
こそをろかにましますとも今川の家にして十八人と聞
へし輩はなと此恥を存せさらん是も又一人として此事を
いさむるものや候たま〳〵君ひとり折にふれて進め給ふ
事を用ひられぬだにさふらふをなんそふかく恨み参らせて
此年月の戦に一度の加勢をも給はらさる彼といひ是といひ