伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 14

ページ: 14

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【右丁】 十四年二月忠世 又上野国善養寺の地を賜《割書:五千石合て|二万石を領《割書:ス》》 大坂の軍起りしに重忠は江戸にあり忠世は将軍家の 先陣し宗徒の人々引具して馳むかふふたゝひ兵起し時 その身は御陣にありしかは子息阿波守忠行に手の兵 つけて軍させ首三十をきつて献る重忠卒して忠世 家をつきそのゝち加恩度々にて所領あまた知行し《割書:十二万|二千石》 四位の侍従に昇進し寛永十三年正月十九日六十五歳 にて卒《割書:寛永の日記にいはく寛永十一年の七月将軍家御上洛あり酒井|雅楽頭忠世御留守の事を承り西城にうつる此月御くり屋より》 《割書:火出てたちまちに御殿の上にもへうつる城中といひ御留守といひありあふ|大名小名内に入事をはゝかる一族西尾丹後守等はせあつまりふせかんと》 《割書:すれともかなはす城中こと〳〵くにやけ訖ぬ忠世大におそれてすみ|やかに城中をさりて東叡山に入て蟄居し早馬をまいらせて此よしを》 【左丁】 《割書:京都につく将軍家執政の人々をめして西城の火災あに忠世か罪ならん|や我たとへ留り守るともいかて火災をは のかるへき たゝし忠世かすみ》 《割書:やかに城中をさりて東叡山に のかれ入るその意趣不審といひつへし|忠世もしいかなる罪に処せらるゝ事ありとも 何に身のあやまりを》 《割書:謝せんかため守る所の 城をすてさるといふ事やあるへきこれすこふる|士たらんものゝ守るところを しらさるに似たり汝らいかに此よしを伝へしと》 《割書:仰けれは忠世又その罪をしりてさらに恐怖し御下向のゝちも 久しく|東叡山に蟄居す南光坊の僧正さま〳〵にうつたへ申によつて執権の》 《割書:職をめしはなされ御金|奉行となさるゝと云々》其子阿波守忠行家をつき父か卒せし 年十一月十七日三十八歳にて卒す嫡男河内守忠清父に継 《割書:十万|石》二男日向守忠能父か遺領をわかち《割書:二万二|千石》寛永十八年忠清 従四位下同廿年侍従兼雅楽頭慶安四年左少将に任し 承応二年の頃より老中と共に奉書の連署あるへしと 仰下され寛文三年二月八日所領加給ひ《割書:三万|石》連署の事