翻刻
【右丁】
延宝八年十一月十九日大番の頭となさる
【左丁】
土井
大炊頭源利勝は摂津守頼光朝臣の後美濃国の源氏
土岐の庶流土井遠江守貞季か末孫小左衛門利昌か嫡男也《割書:系図の|伝ふる》
《割書:所かくのことし世につたふるは利勝か父小左ヱ門ときこへしは徳川殿の 外様侍共又は|刈屋の地下人とも申せし也利勝実は小左衛門か子にはあらす水野下野守殿の》
《割書:庶子にて徳川殿の御ためには 外戚につきての御従弟也 信元のうたれ給ふ|とき利勝としわつかに 三才にていまた人しらさりしかは乳母 我子の如く
》
《割書:してそたてしに小左ヱ門 やしなふて子とすといふ也 又ふるき人の物かたり|をきゝしにある時徳川殿御鷹狩のため出させ給ひしに ひとりの女》
《割書:道のほとりにおさなき子いたき居たるか御輿をむかへて涙にむせひなき|くときて申事ありしにやかてその児をめしくせらる これ大炊頭利勝也》
《割書:されはそのときは徳川殿の御子也とも申き下野とのゝ|御子たる事は此時によく聞め召さるらんと申せし誠にや》天正七年四月七日
大相国家浜松城に御誕生ありし時 徳川殿利勝か七歳に
なりしをめして君達へつけられ甚三郎とそめされける文禄