伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 18

ページ: 18

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【右丁】 四年七月中納言殿は都に御座ありしに秀次関白又太閤 につみかふふりたまひ中納言殿を紉(スカ)し質として一旦の害を のかれんと謀り朝とく御使あつて朝餉参らすへしと ありしに大久保相模守忠隣その謀を察して中納言殿には 利勝等五六人御供にくせられ忍ひやかに伏見の御館に わたらせたまふへし忠隣御あとの事をはよきにはかりなん と申さらは伏見におもむき給ふには大路をや経たまふへき又 竹田路にやかゝらせ給はんと御道の程一定せす利勝かすゝめ 申によつて大路を経てつゝかなく伏見にこそ入らせ給ひける 《割書:くはしくは大久保|か伝に見へたり》慶長七年下総国にて小美川の地をたまひ《割書:一万|石》 【左丁】 其後従五位下に叙し大炊助に任し大納言家の宿老 となさる同十三年の冬所領の地一倍を加給ふ十五年春同国 佐倉の地を賜《割書:三万二千|四百石余》此年八月御使与【と】して駿河にまいりしに 大御所御茶入を賜つて《割書:諏訪国座|かたつき》汝関東に帰なは将軍家に 茶まいらすへしと仰下さる明れは十六年将軍家利勝か家に ならせ給ふこれ大御所の仰によつて也此後次第に恩かう ふりて大名となりあらためて佐倉の城を築く《割書:十四万二千石|を領す利勝》 《割書:に知行給ひし次第諸記のしるす所|異説まち〳〵也ゆへに 大略をとる》寛永三年八月従四位下同九月 侍従に任す同き九年の春大相国家かくれさせ給ひし時 利勝たゝひとりか謀をもつて天下を泰山の安きにおく