翻刻
【右丁】
といふ其事秘しぬれは詳なる事をは世人しらす同き十年
古河の城に移る《割書:十六万|二千石》同き十五年六月連署の事ゆるされて
《割書:世に加判|御免と云》大老と称せらる《割書:大老といふ事|利勝より始る》正保元年七月十日七十
二歳にて卒す嫡子遠江守利隆寛永七年十二月叙爵して
御扈従組の番頭と成十二年十月廿七日酒井備後守忠朝と
二人始て少老の職を奉る《割書:これ少老の初也土井酒井か父子共に執政の職を|つかさとり中にも土井か父子初に大少老の職に》
《割書:任す希代の|ためし也》然りといへ共いかなるゆへかありけん十五年十一月
廿二日利隆も忠朝も少老の職 御免ありしかは是よりして
二人病と称し出仕日々にまとふになりぬ父卒して後嫡子
なれは利隆家をつき《割書:十万|石》利勝かかねて望み申せしごとく
【左丁】
残る三人の男子に彼遺領をわかちたまふ《割書:下に詳|なり》利隆多病の
よしにて終に万治三年九月七日籠居し嫡子大炊頭利重
家をつく《割書:十万|石》二男周防守戸利益《割書:一万石の時に|小左衛門といふ》幷に三人の舎弟等
にも所領をわかち《割書:下に|詳也》大炊頭利重 延宝元年十月十七日
に卒す子なかりしかは弟竹右衛門と云 纔八歳なるを嗣とし
帯刀とあらたむこれもいくほとなくて同三年四月廿九日に死
しけれは家絶ぬ同年五月廿九日 利隆か二男周防守利益を
めし汝か祖父の功むなしかるへからさるによつて別の義をもつて
汝をして家をつかしめらるゝ所也かさねて地たまわらん程は
古河も城にあるへしとて新に所領を給ひぬ《割書:七万石|を領す》