翻刻
【右丁】
兵庫頭源利長は利勝の三男也 父か所領をわかちたまふ
《割書:二万石一説に 父か遺領一万石給ひ|其後兄利隆か籠居の時又一万石をわかつ》正保元年十二月晦日叙爵して
御奏者の事をつかさとる寛文三年に三河国西尾の城を
賜《割書:二万三|千石》延宝九年四月十三日職ゆるされて致仕すこれ
身の病によつて辞し申せしかゆへ也よつきなかりしかは
稲葉美濃守正則か五男を養ふて家をゆつる叙爵して
式部少輔利忠と申す《割書:これ利長か妻の|甥なれはなり》
能登守源利房は利勝の四男也父か所領をわかち給《割書:二万石|一説に》
《割書:父か遺領一万石を給そのゝち兄利隆|籠居の時又一万石をわかちあたふ》寛文三年所領を加賜て少老
の職を掌る《割書:二万五|千石》延宝七年七月十日に執政に補せられ
【左丁】
所領の地加給ふ《割書:凡四万石を|領せし也》従四位下侍従に任す
信濃守源利正は利勝か五男也 父の所領をわかち給ふ
《割書:一万石一説に父か遺領五千石をたまはり|そのゝち兄利隆籠居の時又五千石をわかつ》延宝三年御奏者の事を
奉る同五年三月十五日出仕して罷出とて城中にて
中風し家に帰りて卒すよつきなけれは死にのそみて
兄能登守利房か二男をよつきとすへきよし申ける
末期の養子をばゆるし給ましき法なれと彼か年頃
奉公の労ある事をおほしめして請によつて養子
左門家をつぎ所領半減せられ訖