翻刻
【右丁 白紙】
【左丁】
阿部 《割書:付》 三浦
備中守阿部正次は伊予守正勝か嫡男徳川殿譜代の御家人
也伊予守正勝童名をは善九郎とそ申ける天文十六年正勝
生年八才にて徳川殿の御供して駿河の国府におもむく
とて織田弾正忠信秀かためにうははれさせ給ひしかは正勝も
同しく尾張の熱田にとゝめらる《割書:此時徳川殿か|六歳の御時也》同き十八年十一月
ふたゝひ今川殿へをもむかせ給ふにも御供にさふらひて主従つねに
ひとつ所に長大して弘治二年の春に至り徳川殿御軍始
ありしより天正十八年相模国小田原を攻給しに及ふ迄大小の
戦にあふ事いくらと云数をしらすつゐに一度の不覚なく