伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 40

ページ: 40

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【右丁】 御勢を引具して上洛す 明年また 兵起りし時 将軍の 御陣の後に陣し手の者をは息男重長に下知させ其身は つねに御陣にあり五月七日の戦に御勢を下知して戦ひ城既に 落て井伊掃部頭直孝を城中にさしつかはされし時 重信 撿使を承るそのゝち又御跡にとゝまる事廿日余り大坂の事 とも沙汰して上洛す元和五年福島か国除かれし時重信又 御使を承り 息男重長と共に安芸国にむかふこの節 上野国高崎の城を給て《割書:五万六|千石》同七年六月廿九日六十五歳 にして卒す其男右京進重長家をつく重長実は本多 藤四郎某か男とそ聞へける大坂の城落し時父か手の 【左丁】 者下知して戦ひみつからも首きつて献るその後御書院の 番頭になされたり《割書:寛永二年の事也といふさらは父の家つきし|後の事にや役人系図を按するに大猷院殿御書》 《割書:院番五組の頭の中に|右京進重長みへたり》寛永九年十月駿河大納言忠長卿つみ かうふらせ給ひ重長を以て預人になさる明れは十年十一月 六日忠長卿高崎の地にして失給ひぬ《割書:寛永日記等の 諸記を|合せ見るに寛永九年》 《割書:十二月駿河殿高崎の城にわたらせ給ふ明る十年九月阿部対馬守重次|将軍家の御使として行むかひ右京進重長にあふてお使の旨をつたふ》 《割書:駿河殿はしめつみなためられ給ひ重長にめし預られ事すてに訖ぬされとも猶|御心あらたまらせ給はすよからぬ御ふるまひ世にもれぬる事すくなからす》 《割書:きつとそのつみをさためらせたまはん事はさすかにしかたき御事なり|いかてか仰もいたわるへきこのうへは重長いかにもはからひて彼かた御心》 《割書:より起りて御自害あらんやうに 仕るへき もの也とのへたり重長かし|こまり承りしはしは物をもいはすやゝあつてのち重次にひ【むの誤記ヵ】かひ重長かゝる》 《割書:仰をかうふる事尤不幸の至也さりなから なとゝ 仰をはそむきさふらふ|へき御教書をや帯し給らんさらは拝し奉るへしと 望む 重次聞て》