伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 41

ページ: 41

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【右丁】 《割書:此事君か御心より出て重次か口につたへ御身か耳に入へき事なれは|御教書を下し給るへき事にあらす又重次いやしくも執政の事にくはゝる》 《割書:身として御使を承るなにをかうたかひたまふへきといふ重長かさねて|重長か申所わ殿をうたかひまいらするにもあらすまして仰をかろんし》 《割書:奉るにもさふらはす そも〳〵此殿は大相国の 御寵子 将軍家の御|愛弟したしくもたつとくもわたらせたまひいにしへにあつて八議のうち》 《割書:其二ッをかねさせ給ふ御身也 たとへ今かくつみかうふらせ給ふ共よのつね|人臣の例に附しかたしされは執政の重臣仰をつたへたまふとも口つから》 《割書:のへられん事は重長たやすく領掌に及ふへからすたゝねかはくは御筆を|染られてもし給るへきよしをよきに執し給るへしといひきつてけれは》 《割書:重次ちからなく引返して此よしを申すやかてみつから御筆を染られし|御教書を帯してこれをわたすさてこそ重長領掌をは してんけれかく》 《割書:て月をこへて後十一月六日の朝にいたりて重長大納言殿のわたらせ玉ふ|所守りの侍に下知して殿のをはします庭に掾の間すこし引のきてきひ》 《割書:しく廉垣をゆひわたす殿みつから御出ありて何故にかくはするそと尋|させ給ひしに重長か侍かしこまつて公よりの仰にもや候らんくはしき事は》 《割書:存せす候と申障子引たてゝ内にいらせ給ひてのちは出させ給わす日も|すてにくれぬをくめしつかはるゝ女房たち二人を宵より皆御いとま給りて》 《割書:おのか局〳〵に下さる御かたはらに侍るもの女の童只二人有酒あたゝめてまいらせ|よと仰有しによつて御前をたちてやかて提もちて参る御盃をとり上給ひて》 【左丁】 《割書:めす事二たひに至り今少しあたゝめて参らせよとあれは一人の童提もつて出|今一人の童に汝も肴とり来れとありしかはおなしく御前をたちて むきみ》 《割書:さかなもち来りてみれは白き御小袖の上に黒き御小袖御紋付たるを打かけ|てふさせたまひしか御小袖こと〳〵くあけにそみて事きれさせ給ふ二人の女》 《割書:童大に驚きはしり出てかくとつけしかは配所の御供にさふらひし人々馳参り|見るに御わきかたなにて御頭の半 つきつらぬかせ給ひ前のかたへをしきつて》 《割書:うつふしにふさせ給ひぬ御年廿八にそならせたまひける又御事あるへき|五三日か前より御宝物とも長持にいれさせ御手すさみにかゝせたまひし》 《割書:反古のやうのものともおなしくおはします所の庭にしてこと〳〵くやきすて|うせたまひし此ほとよりかくおほしめしたゝせ給ひしにや なと世には》 《割書:つたへしつまひらかなる事をは誰か知るへきもしこれらの事まことならん|には重長か申せしことばとまた一月をこえんほとをまちてその後御こゝろ》 《割書:つかせ給ふやうにはかりしはふかき心ありとそ見へしその事もみなむなしく|なりぬれはあはれなりし事也今の世誰かかゝる仰承りて一月をこえん》 《割書:ほとをその事となくうちすくへき|まことに重長はゆゝしき人にこそ》明れは十年所領の地くはへ給ふ 《割書:一万石くはへられて|六万六千石を領す》十六年二月十一日 寺社奉行の職奉りて 明暦三年九月廿九日卒す 五十八歳《割書:一説に|六十歳》嫡男式部