伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 43

ページ: 43

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【右丁】 城にてうち死す定重うち死したりし後 徳川殿の仰 ありて勝重還俗し はしめ渋川と名のり又板倉と改 四郎右衛門尉とそ申ける《割書:一説徳川殿の御家人永井善右衛はしめ|武者修行すとて諸国をめくりあるとき》 《割書:御前にめされ国〳〵の事きこしめす ついて まことや板倉か子の僧と成|しいき残つてあるといふもしもめくりやあひけりと 尋させ給ひしに》 《割書:さん候当国夏山に禅僧の候を板倉か子のよしを申すと答たて|まつれは大に悦はせ給ひやかて永井してめされ還俗させて御家人となされけるといふ》 天正十六年徳川殿駿河の国府に移住せ給ふに至て多く の御家人の中を撰給ひて勝重して此所の町奉行職に任せらる 《割書:はしめ勝重をめされ此職の事仰下されしにそのきにたえさるよしをかたり|辞し申けれともさらに御ゆるしなく勝重さらは宿所にまかり帰り》 《割書:妻にて候ものとはかりてこそ御返事をは申すへけれと申す徳川殿|わらはせたまふて さも ありなんまかり帰てあひはかれと 仰下さる》 《割書:妻は勝重か帰りをむかへて悦ふへき事ありと 告しらする人あり|いかなる幸や候といひけるに勝重物をいはす ほくそゑみて》 【左丁】 《割書:衣裳ぬきすて座になをり妻にうちむかひされは今日めされし事よの儀に|あらす此たひ御座所をうつさるゝによつて彼町の奉行たるへきよしを仰下》 《割書:さるいかにもかなふへからす旨を辞し申せとも御ゆるしなしさらは我屋に|帰り我妻にはかり候はんと申てまかり帰りぬさておことはいかにや思ふと》 《割書:いふ妻は大におとろきてあなあさまし私の事なとには夫婦はかるといふ事も|こそあれ公よりしてかゝる事やのたまふへきましてこれを仰下さるゝ所也》 《割書:ことにその職にたへす堪しは御心にこそあるへけれとみつからいかてしか|さふらふへきといへは勝重いや〳〵我此職にたへうたへしは我心ひとつ》 《割書:のみにあらす御身のこゝろによる事にて侍るそまつ心をしつめてよく|きゝたまへいにしへより今にいたり異国にも本朝にも奉行頭人なとははかる》 《割書:ものゝその身をうしなひその家をほろほさぬはまれなり或は内縁につきて|うつたへをことはる事おほやけならす あるひは賄賂によつて理をわかつ事》 《割書:私多しこれらのわさはひ多くは婦人より おこるところなり 我もし|此職奉らんのちはしたしき人のいひよらん事なりとも 訴訟の事執給ふまし》 《割書:きかわつかのをくりものまいらせらる事也とも苞直のものうけ給ふましき|かこれらの事をはじめとしておことには勝重身のうへいかなるふしきの事》 《割書:ありともさし出てもの見たまふましきよしかたく誓ひたまはさらんには|勝重此職に任する事はいかにもかなふへからすされはこそ御身とはかるへし》 《割書:とは申たれとそいふ妻つく〳〵と打きゝてまことのたまふ所ことはりにこそ|侍れみつからはいかなる誓ひをも立なんとて直に至りてかしこまらせ給といふ勝重》