翻刻
【右丁】
《割書:大に悦て神にかけ仏にかけてかたきちかひ立させこのうへはおもひをく|事なしさらはまいらんとて衣裳引つくろふて出つはかまのこしを一ッ二ッ》
《割書:をしもしりて着たり妻うしろさまに見てはかまのうしろあしう候といふまゝ|たちよりてなをさんとす勝重きゝもあへずされはこそ我妻にはからんと》
《割書:申せしはあやまたさりけれ勝重か身の上の事いかなるふしき有共さし出て|物いはしとちかひしは今のほとにかくはやくもわすれたまへり な 此定なら》
《割書:むには勝重か職うけたまはる事 かなふへからすとそ又衣裳ぬきすてんとす|妻大におとろき 悔てさま〳〵の怠状まいらすさらはその言葉いつまても》
《割書:わすれたまふなといひて御前にまいる徳川殿いかに汝か妻は 何とかいひし|と仰けれは妻にて候ものかつゝしみてうけ給れと申侍ると申すさこそは》
《割書:あらめとて大に笑わせ|たまひしとなり》天正十八年関東へ移給ひても職もとの如く
慶長六年の春京都に所司代置給ふへきにて勝重并
に加藤喜左衛門を撰み上せらる加藤は六条にして本願寺の
寺地を賜ふ時に私の事ありとて罪かふふる其後は勝重
一人職しあへり同八年二月大御所将軍宣旨を御拝賀の
【左丁】
とき従五位下に叙し伊賀守に任す此頃は関か原合戦のゝち
天下草創の初にて士も民も威にのみ服していまた直になつ
かすまして豊臣家京近き程にまし〳〵て都鄙のうちさすか
むかしをしのふもの猶すくなからす人のこゝろもさたまらす
上は一人より三台九卿諸衛百司の事を執し下は神職寺務
農工商買の事に至るまてこと〳〵く皆その職にすへつかさ
とるいふはかりなき要制の職なれと事一ッとして淹滞なく
物一ッとして致闕なく天下皆息能を称せすといふものなし
《割書:此人の事世につたふる事きはめて多しこと〳〵くあくるにいとまあらす|当時の知ある人に勝重の事を尋しに此人のうつたへをことはるに》
《割書:うつたへにまけしものをのか非なるをくやみて職を|うらみすと答しと云此一言にて此人の才と徳とをしるへし》大坂の兵再ひ