伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 45

ページ: 45

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【右丁】 また起りしにも勝重かくてあれは王城のうちうこきなく 叡慮もことに安かりけり元和五年従四位下侍従になさる よはひすてにかたむきしに職しきりに辞し申けるによつて 同き六年御ゆるしかうふつて子息周防守重宗父か闕に 補せられ勝重とし積て八十三歳寛永元年四月廿九日卒《割書:ス》 《割書:勝重しきりに職を辞せしに将軍家今しはらくかくて候へいまた汝に代りて|此職おさむへき人なしと仰られて御ゆるしあらすなをかふ事やまされはさらは汝》 《割書:にかはるへき人をゑらひてすゝめよいまたその人を 得すと 仰下さる勝重都に|候ひておゝくの御家人の事いかてしり候へきこれほとの人の中になとかその人》 《割書:なかるへきよく人々に御たつねあるへきにて候さりなから なをも 勝重に|すゝめ申せと侍らんには子にて候周防守重宗は密夫のくびきるべき者》 《割書:に候はすもしかれをもつて父か闕に補せられべくや候と申けれは将軍家|大によろこはせたまひ周防守重宗をめして京職に補せられ勝重御ゆるしを》 《割書:かうふり重宗辞し申けれとも子をしるは父にしかすといふ事あり汝か父の進め|にてあれは辞する事あらしと仰下されしかは力及す重宗なく〳〵父にむかひ》 【左丁】 《割書:重宗いかて此職にたへ候へきなさけなくも御推挙にあつかり候物かなとうち|みかこつ勝重うち笑ひておことは世話をしり給わぬ候よな爆火を子に》 《割書:はらふといふ事は此の父か事|にて候そとこたへしといふ》周防守重宗は勝重か嫡男也将軍家に ちかくつかへて御扈従組の番頭となされ小十人歩行衆等の 頭を兼ぬ《割書:大坂前後の戦に一人して|三の職をかねつかさとる》元和六年とし廿六歳にて父か すゝめによつて京職に補せられ《割書:一説に元和五年|七月といふ》職にありし事 凡三十余年人うやまふ事神明のことく愛する事又父母 に似たり父と子と同し名位にて君の寵恩もつともあつく 位従四の上にのほり官左近衛権少将にすゝむ承応三年 七月廿九日に御ゆるしを蒙て明暦二年八月四日下総国 関宿の城を給ひ《割書:五万石○按するに重宗職うけしも承応三年たるよし諸|役人系図幷に諸役人帳にのする所也明暦元年の日記》