翻刻
【右丁】
の役に候すかくて天文十二年の秋徳川殿の御外祖右衛門大夫殿
卒去の後子息下野守殿尾張の織田に心合て今川殿に
そむきたまふ由 聞へけれは岡崎殿大に驚き 給ひ広忠
むかし今川の力を頼て本国に帰る事を得たりされは今に
彼芳恩をわすれすしかるに今川にむかひ弓を挽矢をはけ
むものゝ妹広忠か妻にせん事本意にあらすとて同き
十三年八月北方いたわらせ給ふ事ありしを急に刈屋の城に
送りかへさせ給けり政親心におもひけるは わか君姫君
わたらせ給ふ御事也いかてかくつれなうはおはすへき今川殿
のよしみたゝさんとてこそ出しまいらせ給ふなれよし〳〵後日の
【左丁】
御勘当はかふむるとも此御いたわりの最中に返し参らする
事やあるへきとおもひさためおのか 家に入れまいらせ
よきにいたわり奉り 若君姫君をも むかへ入御名残おし
ませ参らせ御心地たいらかせ給ひし後 士あまた付て刈屋の
城にそ送り奉るかくて 城のほとり十八町といふ所に至らせ
たまひし時若君より御送りのためにまいらせられし侍
浅羽金田二人を御輿のほとりへめされみつから思ふ所あれは
此所にすてをきておことらはとく岡崎へ帰りて竹千代殿の
御事は人々をたのみおほしめせ返〳〵も彼御名残こそをしけれと
御涙と共に仰せ けれは二人慎て 承りこは思ひもよらぬ