伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 54

ページ: 54

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【右丁】 したかつて移らす二人つゐに御不審を蒙て武蔵国 片山といふ所に引こもつて居たり《割書:横田を領する|事は本のことし》大坂の軍 起りし時二人おなしく将軍家の御陣頭にはせ参る かれらはさるふる兵なれは両御所の仰を蒙て諸手の人々 の陣々に御使してその功これすくなからす軍終て後 二人おなしく下総国海上の地を賜ふ《割書:二千七百石つゝ加給りて|おの〳〵 三千石を領す》 そのゝち二人共に所領の地くはへられ《割書:二千石つゝ賜りて|各五千石を領す》二人又 おなしく馬武者十騎歩兵十八人をつけらる 《割書:総御鉄炮|頭といふ》 広宣か嫡子三四郎某父か闕に補せられて御先手の 事を承る《割書:則総御鉄炮|頭なり》二男は坂部か子なけれは養て子とす坂部 【左丁】 佐十郎と名乗て大坂の合戦にうち死す広之は 三男なれは別に所帯を給て御番衆となされ《割書:はしめ|三之直》 寛永十二年十一月十七日歩行衆の頭を承り同十五年 十一月に次第を歴すして直に御扈従組番頭に 至り慶安元年九月八日御側衆となされ所領加へ 賜り《割書:五千石|を領す》右大臣家世をしろしめされし初承応元年 正月十一日御馬の事を掌るあくれは 二年九月 番頭をゆるされ寛文二年二月廿二日少老の職に 補せられ同三年八月十五日 宿老の職にうつり此年 九月四位の侍従になされ同九年六月廿五日下総国