伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 57

ページ: 57

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【右丁 白紙】 【左丁】     西尾 丹後守源忠永は 隠岐守吉次か男 実は酒井河内守重忠の 二男也《割書:吉次はしめ小左衛門と申て三河国の住人 徳川殿にしたかひ関東に|うつり給ひし時武蔵国 原市 の地五千石をたまふ 一説に》 《割書:上総国のうちにて 給ひしとも申す慶長十一年 八月廿六日七十七歳|にて卒す実子あり藤兵衛尉利氏といふ いかなるゆへに 丹後守忠永》 《割書:をやしなひにや 詳なる事をしらす又吉次か事 其家の系図にも|くはしからす当家の事 しるされし 諸書にも見る所おほからす 只》 《割書:家忠日記に徳川殿はしめて秀吉関白に 御たいめんのため|御上洛ありし時の 供奉 人のうちに住せり 又小田原陣の御帰立の》 《割書:記にも吉次御右の脇備たるよし をしるせり 戦国の時に あたりて|その戦功すくなかるへくも あらす 諸記にもれぬる事 おしむへし》 《割書:又按するに丹波国の籾井 三河国に来て西尾に住しあらためて|西尾と名のるそのゝち又美濃国にうつり 信長秀吉につか》 《割書:へて関か原のとき当家にしたかふ西尾豊後守光教これ也|この両家同し流と見へしその家の系図のつまひらかなる事を》 《割書:のせてはしはらく|これを略す》慶長八年の三月叙爵し《割書:はしめ|主水》元和三年