伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 7

ページ: 7

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【右丁】 御輿よく仕て刈屋の御館に入まいらせよといひふくめて 立帰るあまりに御行末のおほつかなさにゆきもやらす 五六町がほどをへたてゝはるかに跡を見送るあんの ごとく信光の兵混甲百騎はかりこなたに向ひ鞭鐙を合 て馳来る送まいらせし輩希有にしてこそのかれたれ松平 紀伊守家広は 岡崎殿の北の方の御姉にそひしかはこれも 刈屋へ帰しけるに送りし者共一人も不残うたれてけりされは 女にてわたらせ給へとも海道第一と聞へさせ給ひし弓取の 御母にてましませは御思慮の程いみしく又政親かはからひ 情ありとそ申ける同き七年三月十九日岡崎殿今川の人々 【左丁】 と同く織田弾正忠信秀と小豆坂に戦給ひし時手合の戦に 政親さきかけして三郎五郎 信広の郎等鳴海大学助といふ 大剛の兵をうつとれは敵の軍破れにけり同き四月十五日 岡崎殿にそむき信秀にしたかひし松平蔵人信孝 岡崎に をしよす政親石川大将にて 明大寺の辺りに 出向ひ戦ふて 信孝をうつとりいく程なく 岡崎殿うせたまひ 徳川殿 駿河国にとゝめられ給ひしかは政親等岡崎を守て若君 御成長の程をまつ義元うたれ給ひし後徳川殿岡崎の 城に還給ふかくて永禄四年の春同国吉良義昭の 一族荒川甲斐守義虎吉良を叛き政親につきて徳川殿の