翻刻
りをも入る程之弓四五百挺しゝ兎之走りも
の空飛鳥をはつささる程之鉄炮八百から計
又土手にひつそへてとふ木石弓共きつて落
すたゝみ女房共之役々には砂をいりて大杓
子にて汲ひかくるにゑ湯を沸してかくるも
有まり程つゝら石を投も有夫々之役者付を
したり
並河氏覚書曰初め太左衛門申候は若唐津より
人参候共味方打負敵に城迄も取られ候哉風
聞候はゝ何れも見合候而居不申と存候堅固
之印に味方之旗を立置可然と高き処に旗を
立させ申候案之如く後日に承候得は嬉野六
郎兵衛と申侍小舟に而付候に下り味方之旗
海上ゟ見て帰り之由を告申其前加勢之ため
仕置人川瀬小右衛門と申者郷足軽弐拾人召
連組頭中村藤右衛門一組之侍并鉄炮頭には
天野外記深水三右衛門弐組椛島迄下り未天
草之事をあやふみ居申候其頃太左衛門申候
は若味方椛島迄下り申候共猶々窺居事も可
有之候何卒船を渡し左右を仕度事なりと申