翻刻
【右丁】
やふれておちてゆく軍すてに終て後 織田殿 忠次を
召れ薙刀を給てけふの功をそ賞せらる《割書:此薙刀をは忠次|後に徳川殿に》
《割書:奉りし|なり》今年六月二俣の城の先陣し同八月 諏訪の原の
城つゐに落ぬ《割書:遠江にあり ことし六月|にせめられしなり》又小山の城攻へしと
議せらる忠次諫けるは武田か城すてに落ぬ此後所々
皆かくこそ有へけれまつ此度は御勢をかへさるべくもや候と
申す徳川殿もちひたまはす 忠次かさねて 攻む信玄
入道は 弓矢をとつて当代に類多からすされはその
子息なれは四郎やかてうしろまきし候ひなん長篠より
此かた打続たる戦に御勢すてにつかれぬ戦ん事謀に
【左丁】
あらすと申す松井左近忠次《割書:後に松平|周防守康親》すゝみ出て小山の
城せめられんに何条事かあるべき 四郎がうしろ巻は
かなふへからすことし長篠の合戦によきものあまた
うたせつ今日 越後の敵に 信濃国とられしとこそ
はかるへけれこれより後五三年か程こなたにむかひ
軍せんことおもひもよらすなといひけれは忠次強て諫め
申におよばす小山の城をせめらる四郎勝頼これを聞て
甲斐信濃上野の軍勢のいきのこりたるもの共に長篠
にて討れたる者の或は子或は弟なとの僧となり商と
なりし者をこと〳〵くにかりもよほし都合其せい