伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 12

ページ: 12

翻刻

【右丁】 物語し相応の興をそへられける同十八日吉田の城に着給ひ もとより此所はをのか守る所なれは忠次みつから御饗応す 真光の太刀に黄金二百両《割書:一説に|二千両》そへて引連たりことし五月 徳川殿安土へ御参ありしに忠次御供に給ひて織田殿 みつから配膳せらる六月二日 織田殿 父子うしなはれ給ふ とき 徳川殿 和泉国堺の 浦より本国へ帰らせたまふ 道のほと忠次等供奉して岡崎に至り給ひ光秀追討 あるへしとて軍勢催して発向あり忠次先陣うけたまはり 尾張の国にうち入り光秀すてにうたると聞てけれは此所 より引返し甲斐国にむかひたまふ忠次また先陣す七月 【左丁】 十四日忠次信濃の国十二郡の事 知行すべき よしを承る 東三河の 軍勢引具してむかふ国人等あへて 忠次の命に したかはすかゝる所に北条左京太夫氏直 武田か領せし国々 したかへんと 数万騎を引率して打て入と聞しかは忠次 信濃国をさつて甲斐国に引返し九月十日忠次一勢自余の 勢をましえす北条の勢をうちやふるかくて諸方たゝかひ 敵皆利をうしなひ氏直美濃守氏規を《割書:北|条》使として徳川殿と 中なをりし大道寺山角等を質にをくるみかたよりは忠次か 嫡子小五郎家次をこそ出されたれ程なく徳川殿の姫君 氏直の北方にさたまらせ給ひしかは互の人質返されて