翻刻
【右丁】
明る十一年姫君相模国に入らせたまひ忠次送り参らせ
けり十二年の春の頃筑前守秀吉北畠殿にそむきて尾張
の国へ発向すと聞えけれは徳川殿信雄をたすけて尾張国に
至りたまふ池田紀伊入道信輝か孫秀吉にくみして美濃
国大柿の城をたつてまつ犬山の城をおとし犬山に陣を
とり入道か聟森武蔵守長一羽黒に陣をそとつたり
けれ忠次落合の御陣に 参り長一年来鬼武蔵と名を
よはれをのか武勇を たのみにして近く羽黒に陣をとる
忠次うちやふつて京家の輩に此国の軍の様を見せ
候ははやと申して東三河の人々を引具してまつ楽田
【左丁】
羽黒五郎丸の在々所々おびたゞしくやきたてゝ武蔵守か陣に
をしよす長一八幡の森を打出て流るゝ水を前になし
はら〳〵と下知し皆おりしきてそ待かけたる御方頓て
をし寄て矢ひとつ射ちかふるほとこそあれ水をさつと
渡しておめいてかくかたきしはしはこらへ戦ひしか散々に
かけやふられ犬山さしてにげゆくを追つめ〳〵討とりて
犬山にひかへたる池田か陣に打むかひ時をとつと作りかけ
しづかに引てぞ帰りけるかゝる所に秀吉十万余騎をした
がへて既に美濃国にうち入と聞えしかば御方いつくに
陣とつてか戦ふと 評定あり小牧の山よかるべしとて