伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 14

ページ: 14

翻刻

【右丁】 忠次して見せらる此山まことによからんぬと申けれは頓て 御陣をうつされけりかくて四月九日長湫の 合戦の日 忠次をさきとして宗徒の人々あまた小牧山にとゝめらる御方 勝軍しつと聞えしほどに秀吉の多勢楽田をたつて 長湫のかたに馳向ふと注進引もきらす忠次人々にむかつて 戦つかれたらん御方の此あら手に多勢と軍せん事 大事なりいさ我々留守の料にかたきの陣々打破て やきたてゝ秀吉その煙を見さらんこそ 我殊更やふれぬと おとろきはる〳〵に軍にもせし一定御方又勝軍せんと 覚ゆるはいかにといひけれは人々此ももつとも然るへしとて 【左丁】 一同にうつて出んとす石川伯耆守数正いや〳〵此定然るべからず 我らは此所よくまもれとこそ承れとて 長僉議に時を うつす忠次大にいかつてたかひに争論に及ひ事ゆく へしとも見えず本多平八郎忠勝さらは尾幡に馳向ひ 御先をかけんとてうつて出ッ 石川長門守康成もおなじく つゝきて出たりける多からぬ御方次第に無勢になり 人々 又数正か心をうたかひしほどに忠次むなしく兵をとゝむ 《割書:数正此ほとより秀吉朝臣にこゝろさし|を通《割書:シ》しにや といひしなり》徳川殿すてに小牧に引通し たまへは此日の軍はさてやみぬ明れは十日秀吉楽田にとつて 返し小松寺山に陣をとる凡敵の勢いくらと云数をしらす