伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 16

ページ: 16

翻刻

【右丁】 又伊勢の国に発向す忠次かくと告けれは徳川殿また清洲の 城に至りたまふ秀吉是を聞給ひ此人のかくたす けん ほどは信雄うしなふ事かなふへからすとて終に北畠殿に 見参し此卿を頼て於義丸殿を養君となし又御妹を浜松へ 参らせ給ひしかは徳川殿も都に上りたまふへしと議せらる 忠次此事ゆめ〳〵然るへからす東西ふたゝひ軍起るとも京家 の人々か軍心よく起て候はゝ幾度も打破て参らすへし 関白へ参らせたまはん事ひとつに思し召とゝまらせ給ふへき にて候と言葉をつくしとゝめ申てけれは御一門の 人々を さきとして普代相伝の御家人等皆此羲につく徳川殿 【左丁】 聞し召てかた〳〵か申とゝむる所神妙也家康はおもふ子細 ありたとへ関白にあさむかるゝ事あるともくやむへからす先人の かほとまてに我心をとらんにはなと其心に答さらんかつは 家康関白と中たかふて東西の軍起とも かた〳〵か心を 一ツになして戦はんに何ほとの事かあるへき去なからかたんと おもふ軍にもまけまけんと覚る軍にも勝ツ 勝負かならすと さためかたきはおよそ戦のならいなり抑我朝二百余年に及ひて 四海こと〳〵くみたれて人々一日もやすからすしかるに今や すてにやゝしつかならんとするにのそみ東西又軍起て 月をかさね年を積は我国の事はさておきぬ天下又