翻刻
【右丁】
方より落鞍しきりに馬乗て追かけ〳〵来るものゆき合
たり近く寄て見れは例の四郎次郎男也馬よりよこてを打
世ははやこれ迄にて候けさの暁本能寺の御陣へ丹波の明智
をし寄火を放つて攻たりしかば信長うたれ給ふ中将殿の
御陣をも十重廿重にとりまき攻戦と聞今は討れ給ひぬと
存此事を急き申上へき為に参候といふ忠勝打つれて引返す
飯盛の山の程にて徳川殿人々を御覧しつけられて汝等は
こゝに候へと御供の人々をばとゞめられ酒井左衛門尉忠次石川伯耆守
康昌 榊原子平太康政《割書:後に式|部少輔》井伊万千代《割書:後に兵部|少輔直政》大久保新十郎《割書:後に相模|守忠隣》
ばかりを召具せられ出むかひ給ふ忠勝先とのよしを申す
【左丁】
四郎次郎をちかくめして一々に問尋られ長谷川を召竹丸やかて
参れりをの〳〵馬を一所にたてゝたゝあきれにあきれ居
たりやゝあつて 徳川殿竹丸に向ひ給ひ家康とし頃信長と
よしみをむすひ恩に感する事もこれ多し供したる者の今少も
あらん程はいつく迄も光秀か陣とらん所にをし寄せ信長の為
訪ひ軍してうち死しなん此無勢にてなましいに軍せんとて
雑兵の手にかゝらんよりは都へ上り智恩院に入て腹切て信長と
死を共にせんと思ふ也と宣ふ竹丸承て殿たにも御腹めさる
へしと承るまして年頃の家人にて候ものをや竹丸まつ腹
かき切て此程の如くに御道しるへを冥途迄も御供仕べう候と