翻刻
【右丁】
の御勢秀吉の軍勢と打ち交り 岩槻の城を攻 父忠勝も
浅野弾正少弼長政と追手より向ひ鳥居彦右衛門元忠平岩
主計頭親吉は 搦手に向ひたり敵の兵城よりうつて出て
徳川殿の御勢上方の人々とたかひに先をあらそつて進む
敵散々にふせき戦へは御方 たちまちに手負者七十余人
忠勝か兵事ともせすまつさきにすゝみ戦ふ敵はこらえず
引退く息をもくれす追つめて追手の門を攻破れは 城の
大将妹尾下総守ふみとゝまつてふせき戦ふ忠政ことし十六才
太刀を抜て渡りあひ終に妹尾か首取て城中にむかひおめいて
かく城中よりさしつめ引つめ放つ矢忠政か 乗たる 馬の
【左丁】
前輪にくつまき せめてはつしとたつ忠政ちつともためらはす
猶城中に攻入にからめてをもすてにやふつて 元忠親吉一手に
なり一所に旗【籏】を立ならへ手の者下知して 戦はせ父忠勝か
大旗【籏】を本城のうちにをし立たり妹尾はすでにうたれたり
敵力つかれて降人となつて出けり 八王子築井鉢方等をせめし時
父忠勝に随て名をあらはす慶長三年に叙爵す関ヶ原の
戦には中納言殿の御供して山道より上りけれは軍にはあはす
同十四年父の所領ゆつらる大坂の兵起りし時先陣承て伊勢国
の軍勢引具して馳向ひふたゝひ兵起りしにも又伊勢の軍勢を
卒し大坂に向ひ戦て首二百五十二を献る元和二年播磨国