翻刻
【右丁】
謀にてありけれは本多は今に彼家普代のおとな也 其子まい
らせし事こそ嬉しけれと悦ひ給ふ事斜ならす兵ほどに
秀吉正一位大臣に歴上り関白の職になつてお義丸殿に元服
させ秀康と名乗らせ 従四位下左少将兼三河守に 任し
信雄卿を媒とし徳川殿御上洛の事をすゝめ給ふ事度々に
及へとも上り給ふへしとも聞えす是によつて三河守殿もうし
なはれさせ給ふへしなと風聞す三河守殿の御母此事を聞
たまひ三河守殿うしなはれ給ひて後一日も世になからふべし共
覚えす死なは一所にこそ死なめとて忍ひて大坂に上らせ給ふ
重次いや〳〵 仙千代丸都にをきて人の疑うけん事を詮なしたゝ
【左丁】
一人ある子うしなはれんも 不便なりと思ひけれは母かいたはり以の外に
候しばしのいとまを給て 此世のいとまこひをそ仕らせはやと
守殿へ申て乞ひ迎へぬいく程なく石川伯耆守数正は徳川殿に
そむき秀吉の御方に成たてこそ重次は無事者なる所顕れて
誠に思慮深くは見へたれかくて関白殿仰にて仙千代丸とく参らす
へしと守殿よりの御使度々に及ふ重次もせんかたなく是もいたはる所に
且は母か病も年頃此子恋したひし故なれは今日得参らすへし共
覚えねとてふし沈みわつと歎きぬされば息男か身代には此者を
参らするに候とて 甥の源四郎富正を参らす関白殿聞し召
憎き事也本多めにたはかられたりけるよと怒り給ふ事大かたならす