翻刻
【右丁】
かゝりける程に又東西より軍起りなんと聞へて宗徒の御家人中
岡崎の城守るへきよしを催る本多佐渡守正信承り此城枕として
討死仕るへきも元より望む所成へしと申けれは頓て重次召て
岡崎城を賜り数百騎の兵を込られ《割書:此時重次御いとま申せしけしきいきて|ふたゝひ見参すへしとも見え》
《割書:されは其志《割書:シ》を感しさせらる息男成重本領安堵の御書をなし下さるなり其|御書に天正十三年十二月八日としるされ本多丹下殿へとなされし也》
関白殿いかにもして徳川殿と親しうならんと思し召謀をめくらし
頓て又其妹君を徳川殿の北の方に参らせられし徳川殿此上は
見参なくてはかのふましとて御上洛あるへきにきはまる御家人等か
あやしく存思ふ所も侍るへし都に御逼【逗の誤ヵ】留あらん程は夫にとゞめ
させ給ふへしとて大庁を下し給ひしかば岡崎の城に入参らせ
【左丁】
重次其をまもる井伊大久保もおなしく御後に留る《割書:此時重次|下知して》
《割書:大庁のおはしますほとりに一日に薪をつむ事山のことしこはそもいか|なる事とおとろき大庁の御供せし女房たちはした女して薪つむ|下へ男一人まねき酒なとのませ人しつまりてさて何事にか此程日々に|かくたきゞをばつむ事そよこはそもいかなる事そと問へは下ろふはいかに|しり申べきしかしうけ給はるに此ころは関白殿の我国の殿をうしなひ|給ふかもしはとゝめ参らせて かへし 給はずは今度都より 御下りあつて|これにまします 御方をこと〳〵くにやきころし申さん料の たきゝ|とかやにして 本多殿の下知として 日々に山林よりまつ薪 運ひ|候とこそうけ玉はる 本多殿と申はきはめてその 心おそろしき人にて|殿の御帰りをそし〳〵と待かねもふ火をつけふか火にやきたてよと|仰られ候へとも 井伊殿や大久保殿かしはらく〳〵とせいし 給へはこそ|今日まてはかくて候へもしやうつくしき都上らうにても今のうちにも|灰山にならせ給はん事のむさんさよと下ろうか申する事にて候といひしを|女房たちにかくと申すべしあらかなしや その本多といふおとこが日々に|参りておそろしけなるこはねにて家康よりこゝにつけ参らせて候|御用の事あらは承りなんすといふを今思ひあはすれは三河守殿の|はしめて御参りありし時仙千代丸といふ児の御供してけるを関白殿|御覧してあれは家康のうちにて 三奉行とかいふ内の 鬼作左ヱ門と》