伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 51

ページ: 51

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【右丁】 《割書:家紋なり此度の戦に正忠最初に参りて御方勝軍しつ吉例を|給らんと仰有てこれより御家紋とそなされたりされは岡崎随念寺に》 《割書:みつから賛し給ひし御画像に立葵の紋をえかゝれし今にありと|申す也又徳川殿の御時高力摂津守忠房か母に伊奈の本多か事》 《割書:たつね仰られしに三河国の本多は伊奈を以嫡流とすされば|むかしより当国に其数多き本多の人〳〵伊奈の本多の外に》 《割書:一城をも領し候ものはさふらはす二郎三郎殿の御時に祖父にて候|者にこそ 葵の 紋をは望ませ玉ひし御事も候ひつれと申せしと》 《割書:いふ忠房の母は正忠か孫にて 忠俊かむすめなりき○ある人のいひしは|上野国新田の庄にふるき目貫髪剃小刀の柄に葵の丸の紋有【衍】あり》 《割書:これによりて思ふに葵の丸は初より 新田の家紋にや|ありしといふ事あり是又一説なれはこゝに付す》次郎三郎殿 うせ給ひ贈大納言家つかせ給ひしに至て正忠つねに 御方にくみす其子助太夫忠俊父につく永禄三年五月 今川治部太輔義元尾張国にむかはれし時忠俊か嫡子修理亮 光忠父か手の者引具し徳川殿に随ひ参らせて大高の城に有 【左丁】 義元既に討れたまひ今川の家人をの〳〵守る所の城々をすて 本国に引返すかくて徳川殿大高の城を御出あるへきに及ひて敵の 軍勢既に近つき本国に帰り入らせ給はん事たやすかるへからすと 聞えしに光忠進み出て某後陣をは打候へし御心やすく 思召さるへしと申けれは其望む所に任せられ事故なくして 岡崎に入らせ給ひたりき《割書:此時の賞として賜りし御陣羽織|光忠か嫡孫の家に今に有といふ》 これよりして後水野下野守信光織田殿の御方として三河国を 併せんとす国人等相戦事やます忠俊父子徳川殿に組し参らせて 常に軍のさきをかく《割書:信元は尾州小河三州刈屋二ッの城を領して|東三河の国人と相戦ふ初め石ヶ瀬の戦に》 《割書:御方の先陣戸田主殿助か戦利なかりしに 敵の方より|石か瀬や小川の水のはやければ戸田の主殿の足もたまらすとよみて》