伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 58

ページ: 58

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【右丁】 人にあらす又累代の家絶ぬる事をあはれませ給ひ相伝の家領 なれは井谷の地賜て菅沼近藤鈴木等を始て《割書:これを井谷|三人といふ》 寄騎の侍多くつけ又木俣《割書:仁左|衛門》庵原《割書:治左|衛門》西郷《割書:藤左|衛門》をも 後見せよとて属られたり《割書:家忠日記増補等に云井伊信濃守|直盛今川義元にしたかふ永禄三年》 《割書:五月尾張の国桶はざまの 合戦に義元とおなしくうたれしに その子|肥後守直親といふ同き五年春直親郎等小野但馬主を恨る事や》 《割書:ありけん今川殿に参りて我主にて候肥後守は 織田徳川の人々と|心をあはせて 屋形に そむき参らすると申しけれは氏真 大に怒りて》 《割書:急き井伊を退治あるへしと軍勢をもよほさる今川の一族に新野|左馬助氏真をいさめて直親と年ころしたしくあひかたらひて候へは》 《割書:かれが心の中をはよく ぞんしぬ 当家に二 ̄タ心有べき者にあらず|是はいかさま讒人の申所とこそ 覚ゆれしばらく御追討をとゝめ》 《割書:られて事の実否を御糺明あるべう候と申て井谷の城に 人を|もつてかくと告 肥後守これを聞て 直親が先祖より今川殿の》 《割書:御被官と成参らせしより此かた累代つゐに御うしろめたき事|候はずなりにも 父にて候直盛故殿の御供申して桶はさまの戦に》 【左丁】 《割書:討死しぬされは彼信長は君の御敵といふのみにあらす直親か身に取つても |父か仇なるにいかて屋形にそむき参らせ君父の重讐にくみし候べき》 《割書:此むねをもつて あやまらざるよしを申ひらきてたまふべし|とて新野か使を返しけるがいや〳〵居なから     陣し》 《割書:申さん事うたかひ猶もとくへからす参りてこそ申さめとて|うつたつ当時不審かうふりたる身の郎等あまためしつれなん》 《割書:事然るべからすとて主従わつか二十人懸ケ川の城にさしかゝり|駿河の国にそ趣向たる こゝに懸川の城の住人朝比奈備中守は》 《割書:井の谷の先陣たまはりて をのか城に勢そろへして屋形の発向を|待居たりしに直親此所を忍ひやかにうちとふると聞て混甲》 《割書:二三百騎鞭鐙をあはせ追かけ大勢の中にとりこめて壱人も|のこさずうつてとり直親か男としわつかに二歳なるを誅せ》 《割書:らるへきにさたまる 新野はまた彼か命たすけられん事をなけ|きしかはさらは成 人のほとは 汝にめしあづくへしとて左馬助に》 《割書:給ふ此年引間の戦に新野またうち死す氏真かさねて肥後守が|みなし子うしなはんよしのたまへは新野か妻ふかくかくすなを》 《割書:あらはれぬへく覚ゆれは 成人の後僧に下し父母のあととはせ給へ|とてある上人にまいらせたりそのゝち同国の住人 松下源太郎》 《割書:新野か妻をむかふ直親かみなし子も彼妻にしたかつて松下が|家にひとゝ なり十五歳と申せし 天正三年二月十五日徳川殿御》