翻刻
【右丁】
《割書:鷹狩のために浜松の城を出たまひ道のほとりにてこれを御覧し|けるにつらたましゐよのつねの人にあらずあやしとや 御覧しけん》
《割書:いか成ものゝ子にて やあるとたつねさせ給ふによくしれる人有て|これこそ当国の 井伊かみなしこに 侍れとてありし事共申けれは》
《割書:不便のものかな永く我に みやつかへせよとて 召試らるゝにまことに|さるものゝ子なりけりたのもしき者そと思し召て やかて本領を》
《割書:賜ひしとなり○按するに肥後守直親か父系図には彦太郎直満|ともあり信濃守直盛といふは直親か従弟なり直満天文十三年》
《割書:今川義元のために誅せらると系図にはみへて肥後守直親か永禄五年に|うたれし事も見えす直満すてに義元に誅せられたらん には》
《割書:其子肥後守直親従弟の信濃守直盛か家つぐへき事とは思はれず|兵部少輔直政永禄四年にむまれたり 祖父直満か討れしに十八年目》
《割書:のゝちなれは兄の直親と直満と一所に討れさりしは一定也直親のち|つゐに従弟の家つきて又小野かために讒せられて氏真の為に 誅せら》
《割書:れし事 家忠日記増補等の説のことくなるにや 又直満討れし時|直親まぬかれ直盛か家をはつかすそのゝち直政まうけて死したりしを》
《割書:かく世にはあやまちつたへて父直満か事を|子の直親か事のやうにしるしけるにや》天正十年の春武田の
四郎ほろひしのち彼家子郎等こと〳〵く徳川殿に随ひ奉る
【左丁】
此年冬十一月万千代丸元服して兵部直政とめさる十二月武田か
侍大将山縣土屋原一条か手の者七十余騎坂東に名を得し兵
四十三騎引すくりて直政か手につけられ一方の大将たまはりて
旗幟より物具迄色赤を用ひけり十二年三月羽柴筑前守
秀吉主の北畠殿と確執の事出来て軍起る信雄中将頼み
参らせ給ひしかは徳川殿尾張国に向ひ給ひ小牧に御陣を召《割書:シ》て
御方の御勢わつか一万五千には過す秀吉の十五万騎こなたに向て
陣を取二万余騎を引わけて三河国を襲わんとす徳川殿
此由を聞し召さらはこなたも出向つて戦ふへしとてひそかに
御勢を引分てさしむけられみつから続て長湫のほとりに