翻刻
【右丁】
むかはる直政御先にそ進んたる御方の先陣既に敵の後陣を
打破りかたき散々にうちなたれ先陣の勢と一ッになり
取て返して戦んとす直政か赤旗赤幟朝日のひかりに
かゝやきて山よりこなたにはせおろし竪さま横さまかけ
やふるかたきつゐに打まけて大将あまたうたれしかは士卒は
猶ゆふに及はす京家の者とも 直政を赤鬼と名つけしは此
時よりの事なりけり同き六月敵大野の城をせむ直政此
時松葉の里に陣取て此告を聞よりも馬煙を蹴たてゝはせ
向ふ寄手とり物もとりあへす散々になつて引返すかくて
所々の戦秀吉の軍こと〳〵く利を失ひ徳川殿たすけ
【左丁】
たまはん程は信雄かたふけんことかなふへからすとて北畠殿と中
なをりし頓て此人につきて徳川殿の御子於義丸殿こひうけて
養君となさる是は秀吉いかにもして徳川殿にしたしうならんと
はかりたまひし故とそ聞へける《割書:事は三河守殿|御伝にあり》十三年三月秀吉正二位
内大臣になり七月関白に任す八月信濃国真田安房守昌幸か
関白にくみし参らせ徳川殿にそむきしかは御勢をさし向らる
御方利なかりしと聞えて直政等彼国に向ひ御勢をむかへ帰る
さるほとに関白徳川殿に対面の事を望給ひしかと見参の事は
かなふへからすときこゆとかく案しわつらひ給ひしかきつと
案し出して御妹君を浜松の城に参らせられ北の方となし給ひ