伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 60

ページ: 60

翻刻

【右丁】 むかはる直政御先にそ進んたる御方の先陣既に敵の後陣を 打破りかたき散々にうちなたれ先陣の勢と一ッになり 取て返して戦んとす直政か赤旗赤幟朝日のひかりに かゝやきて山よりこなたにはせおろし竪さま横さまかけ やふるかたきつゐに打まけて大将あまたうたれしかは士卒は 猶ゆふに及はす京家の者とも 直政を赤鬼と名つけしは此 時よりの事なりけり同き六月敵大野の城をせむ直政此 時松葉の里に陣取て此告を聞よりも馬煙を蹴たてゝはせ 向ふ寄手とり物もとりあへす散々になつて引返すかくて 所々の戦秀吉の軍こと〳〵く利を失ひ徳川殿たすけ 【左丁】 たまはん程は信雄かたふけんことかなふへからすとて北畠殿と中 なをりし頓て此人につきて徳川殿の御子於義丸殿こひうけて 養君となさる是は秀吉いかにもして徳川殿にしたしうならんと はかりたまひし故とそ聞へける《割書:事は三河守殿|御伝にあり》十三年三月秀吉正二位 内大臣になり七月関白に任す八月信濃国真田安房守昌幸か 関白にくみし参らせ徳川殿にそむきしかは御勢をさし向らる 御方利なかりしと聞えて直政等彼国に向ひ御勢をむかへ帰る さるほとに関白徳川殿に対面の事を望給ひしかと見参の事は かなふへからすときこゆとかく案しわつらひ給ひしかきつと 案し出して御妹君を浜松の城に参らせられ北の方となし給ひ