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【右丁】
徳川殿の先陣うつて小田原の城にむかひ蓮池よりをしよせて
陣を取六月廿二日の夜直政一勢外郭を攻やふる松平周防守
康親おなしくつゝく城中にも山角上野介父子三人詰の
城ををとされしと散々に防き戦ふつゝく御方なければ
直政康親引返す《割書:此時に小田原の城をせめられし事百余日|寄手の軍勢二十余万城中にこもる所も》
《割書:七ヶ国の精兵され共手いたきたゝかひせし事は直政か一勢とそ聞え|ける又直政か攻破りし所をは笹曲輪と申して 城の東にあり 又は》
《割書:すて曲輪とも申す 城中より橋一すしをわたしてひるは兵を出して|まもらす徳川殿はしめ直政をめして橋か〳〵とはかりとはせ給ふて》
《割書:又仰らるゝ旨もなく 直政いか成事とも 心得すふかくあんしわつらひて|いかさまにもかの橋の下の水の浅深をやとひ給ふと 橋の下にくゐたてゝ》
《割書:水のふかさをはかり其くゐをきさみて 猶も おほつかな けれはみつから水|きわにおりたちてよく見おほせて御前に参りかくと申せしに》
《割書:はしめの如く橋か〳〵とばかり仰られしかは直政いよ〳〵心得すとかく|案しわつらふるほとにはしめ仰を承りしより四十八日を経てきつと》
【左丁】
《割書:案し出しみつから夜に入て忍ひゆきかの橋をふみ見るにゆきけたよわく|して渡るにあやうし 急き参て此よし又かくと申すその時 徳川殿》
《割書:その事にてこそあれかほとの事なと 心つきなからんと思ひしかは|その事とはいはさりき かはかりの事下知せんは家康か身にとつては》
《割書:似あはぬものをとのたまふ 直政心に思ひしはさては此ところ直政が|勢にて攻やふれとこそ あるなれたゝしかの橋の事かくまてとはせ》
《割書:たまふは攻やふるとも 此橋をわたりて次の城に攻いらさらんにはみかたの|人々にいひかひなしとあざけられんも無念なりとや思ひたまふらん》
《割書:とてをのか手につけたまひし広瀬美濃三科肥前めして此事|かくといふ広瀬三科承てか程の所攻とらん事物の数ならすせめ》
《割書:そんしたらんは見ぐるしかるべし 詮するところ手の軍勢の子弟|なといふ若殿原して攻させんにたとへ攻そんしたらんもなにか》
《割書:くるしかるへき又それらか一族の老武者若ものともたすけて|高名させんとおもはゝ勢に 不足は あらしものをと思ひけれは手の》
《割書:若殿はらして攻らるへくもや候らんといひしかは此議もつとも 然る|へしとて六月廿二日の夜に入てをし寄せ攻《割書:ム》案のことく若者ともの》
《割書:親父伯叔なとはせくはゝりし程に多勢になりて篠曲輪を攻破りて|次の城にせめ入《割書:ル》直政まつさきをかけかの橋のほとりにおし寄みつから》
《割書:鉄炮ををつとり 城中にむかつてはなつ玉をも薬をもかさねて|こふたりけれは筒たちまちにさけて左の手の指をやふる 直政》