翻刻
【右丁】
さふらふ諸大名まつ引返して上方に向ひ軍せんとす此時
直政本多中務少輔忠勝と私にあひはかつて諸大名と共に
馳向ひ軍仕らんと申す徳川殿上方のありさまもいふかし
又此人々の心もはかりがたし汝等かむかはん事然るへからすと
仰けれは此人々ばかり向ひて勝軍したらんには天下をは我等が
とりてこそ内府へは参らせたれといはん事の口惜く 候へば
ひらに御許あれと望みしかば下野守殿を海道の大将軍とし
《割書:後に薩摩守殿と|申参らせし御事》軍奉行には井伊本多をさしむけらる
さてこそ九月十五日の軍をも直政か手より始けれかくて
御方手合に勝軍し徳川殿やがて上らせ給ひつ東西の
【左丁】
軍美濃国関ヶ原にして勝負を決す直政手の者ともに
下知して軍させ我身は下野守殿の御陣に参り《割書:守殿は直政の|聟君なり》
殿は此度の御軍ははしめなる御勢をはこゝにとゝめられかち
たちの兵少々めし具せられ先陣の人々か軍するやうを御覧
あるへう候と申し御供して福島左衛門大夫正則か陣のわき
よりうち出んとす正則か士《割書:蟹才|蔵也》今日の先陣は福島か給て候
をさきかけんとし給ふは誰そ狼藉也とをしとゝむ直政これは
下野守殿先陣の人々の軍するやう 御覧あるへきにて井伊
の侍従の御供にさふらふ也されは御勢をも くせられす
通しまいらせよといふさてはくるしからすとて道をひらく