翻刻
【右丁】
そこをつとはせぬきてかたきの中にきつて入散々にたゝかひ
守殿高名をせさせ給ひけれはうちやふりかけとをつて守殿と
一所に馬をたてゝ息つき居たりかゝる所に島津兵庫入道唯【惟の誤ヵ】新
まけ軍して千人はかりのけかふと【仰け兜】に戦なつて馬をしづめて
落て行直政か士島津こそ通れといふ直政あれは御方と答ふ
こゝをすくるかたきの事候といひもあへぬに直政馬をはせて
追かく守殿もつゝきてかけ玉ふ島津か兵取て返して戦ふ
守殿くみうちして御手おはれ直政も鉄炮にあたり馬より
おつ島津もつゐにのかれてけり守殿も直政も手ふかゝらねは
御供して御陣に参る徳川殿は直政か守殿具しまいらせ
【左丁】
軍せし事ともふかく悦はせ給ひけり《割書:此日かたきこと〳〵くにやぶる|島津希有にのかれてをち》
《割書:ゆく直政はしめより入道と見けれは守殿の御供はしつつゝくみかたも|なし入道一人かいきのひたれはとてなにほとの事かあるへきもしとゝめん》
《割書:とておほからぬ御供の人々そこなひて益なしと思ひみぬよしして|ありしを直政か兵もとは甲斐の武田か家にありしかしきりに敵の》
《割書:よしをいひしかは直政とらえす追かけて戦ひしはたして守殿も|直政も手おはれぬ あやうかりし事なり 直政か士骨法なしと》
《割書:人皆つまはしきしけりと也又直政を鉄炮にて打しは島津の家人|河上四郎兵衛忠兄か若党柏木源兵衛といひしもの也 をのか主河上の》
《割書:うつたるよしを高声に|名のりしといふ》又石田か沢山の城を攻らるへき先陣を
給ふ金吾中納言秀秋あなかちに望まれしかは直政二陣に
定られ城をは終に攻やふるかくて国々の御敵一時に平らき
此年十一月味方せし諸大名勲功の賞を給る明れは六年
二月直政に石田か領せし近江国の地賜り《割書:三万石を加へ|られ十五万石》