伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 66

ページ: 66

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【右丁】 《割書:領せし|といふ》七年正月従四位下に叙し同年二月朔日とし四十二歳 にて卒す 兵部少輔藤原直勝は《割書:始は右近|太夫直継》侍従直政の嫡男なりはしめ 慶長七年 生年十二才にて父につく同き十三年伊賀の 筒井か  所領堅せられし時 伊勢《割書:本多|美濃守》美濃の 《割書:松平|飛騨守》人々と彼国に向ひ直勝はとゝまりて上野の城 守る此人天性身の煩多くして常に家に籠り居けり 《割書:此人父にも弟にも むまれをとりしかは大御所の仰にて病多しとて|こもり居たりしといふ○創業記に直勝家をつきて のちかの》 《割書:家人に争論の事たえす慶長十二年大御所 伏見より関東|に下らせ給ふ時此由を聞召鈴木石見を清洲の城にめしあつけられ》 《割書:十一年又関東に下らせ給ふ時鈴木をは関東にめさる十二年の二月|又鈴木か子と西郷勘兵衛と相論の事おこれりことし三月五日直勝か》 【左丁】 《割書:母関東に下る上野国安中にすむへしと仰下さる安中は直勝か領所|なれはなり十四年の冬上総介殿に近江国まいらせられ沢山の城に》 《割書:すませ給ふへし直勝は信濃国河中島にうつさる也|しと 聞えし かつゐに 其事はやみぬといふ》十九年の冬 大坂の兵起る直勝病にふしけれは舎弟掃部頭直孝兄か代官 として軍勢引具して向ふ此年将軍家の仰をかうふりをのが 所領のうち近江の地をば直孝にゆつり上野の国に引こもりて 安中の城に住む《割書:みつからは三|万石を領す》直勝卒して《割書:卒する年月|を詳にせす》その子 兵部少輔直光【ママ】つく正保二年正月十一日に三河国西尾の城 賜てうつる《割書:三万五千石又|三万石とも云》万治二年遠江国掛川の城に 移り《割書:此時五千石を加へられて|三万五千石を領せしと云》寛文十二年にとし五十五にて 卒す《割書:卒せし月日|いまたきかず》其男伯耆守直武父に継く