伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 67

ページ: 67

翻刻

【右丁】 右中将藤原直孝は侍従直政の二男なり《割書:直政か室は松平周防守|康親か 姫也 夫に》 《割書:したかひ来りし 女の 直孝をは生るなり はしめ直政の室かの女の|はらむ事あるをしりて 其父の許に送れり 其父をば印具徳右ヱ門》 《割書:某といひて 康親か家の侍なり此年天正十八年の秋徳川殿関東に|うつらせ給ひ直政上野国箕輪の城を 賜ひ 康親の子康重武》 《割書:蔵国 船市の地を賜りて 印具東にうつるとて 駿河国藤枝の 宿に|至れる日直孝は 生れてけり 六才におよひし時其母いたきて箕輪の》 《割書:城におもむき直政か城外に出しを待得て此御子かく迄そたてまいら|せて候今はわたしまいらすへしといひてみつからまいらせて船市に》 《割書:帰りぬ直政やかてその所の庄屋といふものに此子よくそだてよと給り|てけり十一と云年の暮に彼庄屋か家に夜盗のあまた入来るを直孝その》 《割書:一人か高股きつて下部等めしていけとりぬ十二才の時直政ひそかに|直孝めして年来みつから執りし所のさいはいをさつけぬいかにおもふ》 《割書:所やありけんその明年に|直政は卒してけり》年十六にして将軍家に召仕はる 《割書:慶長十|年也》十九才にして書院番の頭となされ同き十六年大番の 頭となされ 《割書:月いまた|詳ならす》十八年伏見の城を守る十九年 冬 【左丁】 大坂の兵起りしに兄の直勝病にふす大御所の仰をうけ給り 直孝兄の代官として 軍勢を率して 城を攻此年東西和睦 の後将軍家直孝をめして兄に代りてち父の家つがしめらる 《割書:此とき直孝涙を流して 兄にて候直勝 年ころやまふにをかされ軍国の|務に堪すしかりとは申せとも大御所むかし 父にて候侍従に つけさせ給ひし》 《割書:ふるきもの共 猶多候へば家の事をは沙汰し申すべし又直孝かくて候|うへは天下の御事あらんには兄か代官として彼手の者を引具しはせ》 《割書:向ひ候はん事此度の如くにこそ候べけれいかなる仰とても兄にて候もの|をしりぞけ父か家をつかん事のぞむ所に候はすと 辞し申けれとも 御》 《割書:ゆるしなけれはかさねて安藤帯刀直次につきてしきりになけき申|終に御ゆるしはなかりけり かくて直孝父か家つきて後やかてすゝみ》 《割書:出て本多佐渡守正信か座の上につく其体まことに優なり事をはりて|後御前をまかりたちて正信にむかひ今日のふるまひ無礼にこそ侍れ》 《割書:さりなから故侍従か家をつくへしとの 仰をかうふりて候うへは向後の|事は御免あれと言ふ正信されはけふの御ふるまひ正信こそ悦ひて侍れ》 《割書:かくあらん人としろしまされし将軍家の御心のほとありかたふ候もの|かなとそこたへける是を見し人うちより〳〵きのふ迄大番頭して》