翻刻
【右丁 白紙】
【左丁】
榊原
式部少輔源康政は伊勢の仁木かなかれ也 右京大夫 義長の後
胤一志郡榊原の住人七郎右衛門清長三河国に移てげ源蔵人殿に
つかへ奉る延徳の頃おひ当国井田の戦に子息長政十二歳
父清長と共に軍して高名を顕す《割書:已上太田山中か徳川記|と云書に見えたり》長政成人
の後七郎右衛門と申して永禄の五年に死す其男子二人兄は
孫十郎清政《割書:後にこれも|七郎右衛門と云》弟は小平太康政とそ申ける康政生年
十六才上野の城の戦に高名をあらはす《割書:永禄六年の|事なり》その
後徳川殿の御身ちかく仕へ参らせ成人の後御諱字給りて
康政と召れ一方の大将を承る永禄十一年七月堀川の城を