伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 71

ページ: 71

翻刻

【右丁】 所なり長湫の戦に先陣し上方の多勢をうちちらし蟹江の城を せめ破りことし十月徳川殿御軍班されしに小牧の御陣に 留りてまもるかくて秀吉所々の軍にうちまけ信雄卿に 中なをりし徳川殿によしみむすひつゐに御妹を浜松へ 参らせらるへきに事さたまり康政都へ参るへしと望み給ひ しかは都にのほるかねて富田左近将監か家を康政か旅館に 点せらる康政都に入し日関白殿彼家にならせ給ひ康政か 手をとつて今日の対面こそめつらしけれむかし小牧の陣に して康政みかたの輩に牒状し大恩わす忘れて主君の子 うしなはんとする悪逆無道の秀吉に組する事やあると 【左丁】 いひしかは秀吉いかりに堪すしてその康政いきなから参らせ たらんものに勧賞こふにまかすへしと天下にふる今かく徳川殿と したしくなつたれは康政等か如き家人あまたさふらふ事秀吉 が悦ひとは成たる也明日の見参猶待とをにおもへは忍ひて来り たるはいかにと仰られ康政殿へ参りし時御もてなし言葉 にものへられす御嫁娶の式仰合され引出物多く給りて かへさる程なく御妹を下し給ひしに先康政か家へ御輿を 寄られ引つくろひさせ給ひて参り給ふことし十月徳川殿の 供奉して上洛す従五位下に叙し式部少輔に任す関白の 執し申されし故也徳川殿の御家人任官の始とそ聞えける