翻刻
【右丁】
所なり長湫の戦に先陣し上方の多勢をうちちらし蟹江の城を
せめ破りことし十月徳川殿御軍班されしに小牧の御陣に
留りてまもるかくて秀吉所々の軍にうちまけ信雄卿に
中なをりし徳川殿によしみむすひつゐに御妹を浜松へ
参らせらるへきに事さたまり康政都へ参るへしと望み給ひ
しかは都にのほるかねて富田左近将監か家を康政か旅館に
点せらる康政都に入し日関白殿彼家にならせ給ひ康政か
手をとつて今日の対面こそめつらしけれむかし小牧の陣に
して康政みかたの輩に牒状し大恩わす忘れて主君の子
うしなはんとする悪逆無道の秀吉に組する事やあると
【左丁】
いひしかは秀吉いかりに堪すしてその康政いきなから参らせ
たらんものに勧賞こふにまかすへしと天下にふる今かく徳川殿と
したしくなつたれは康政等か如き家人あまたさふらふ事秀吉
が悦ひとは成たる也明日の見参猶待とをにおもへは忍ひて来り
たるはいかにと仰られ康政殿へ参りし時御もてなし言葉
にものへられす御嫁娶の式仰合され引出物多く給りて
かへさる程なく御妹を下し給ひしに先康政か家へ御輿を
寄られ引つくろひさせ給ひて参り給ふことし十月徳川殿の
供奉して上洛す従五位下に叙し式部少輔に任す関白の
執し申されし故也徳川殿の御家人任官の始とそ聞えける