伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 74

ページ: 74

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【右丁】 すく道は敵にちかしとてさけられし故とも申しけり 康政は真田か軍せんやういかほとの事かあらん打出なば けちらしてその城ふみやぶつてくれんする物をとておのが 手勢ばかりにて城近くをして通るに昌幸あへてとゞめん ともせす関ヶ原の軍事終りぬと道にて聞し召中納言殿 殊の外にいきとほらせ給ひて御馬をはやめられし程に近江 国【「草」脱ヵ】津の宿にて徳川殿に参りあひ給ふされ共大御所内々 御気色よろしからさる事ありて三日をすくるまて御対面 ましまさすこはいかなる事そと御家人等をとろきあへりまして 山道の御供にさふらひし輩大きにをそれをのゝく康政夜 【左丁】 に入て徳川殿の御前に参り申すやう此度中納言殿御不審 かうふらせ給ふ事康政等か罪科もつとも軽かるへからす たゝし風聞におよふ所中納言殿上田の城を攻落し給はす 又はをしても御通りなくことに海道の合戦にもあはせ 給はぬ事を御不審あると承り候ひぬもし此条に候はんには おそれ多き申し事にて候へとも殿の御誤なきにもあらず 抑殿は今月《割書:九月|なり》朔日に江戸を御首途有て同十一日尾張国 清洲の城に入らせ給ひわづかに二日を過て美濃国へ御陣を すゝめられ十五日に至て御合戦事畢りぬと候誠御父子 一所に三成等を御誅伐あらんと思しめされなは兼て軍の