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【右丁】
御首途あらん期をも告させ給ひ又海道よりも御使を参らせ
山道の御勢を催さるへき事ならずや又今暫く清洲の城に
御陣をとゝめられ山道の御勢を侍せ給ふとも三成等か謀
いかほとの事候へきになと御軍をば急かせ給ひ候ひしやらん
しかるに唯今に到りて偏に中納言殿の御をこたりにのみならせ
給ふ事御不運とこそ申へけれとはゝかる所なく申けれは
されはこそ八月晦日の夜使を馳て明日首途すとつげ山道
の勢も急き馳上りて軍の手合せよといひつれとのたまふ
康政さん候其御使今月七日小諸の御陣へ来り候ひぬ夫
故にそ中納言殿もおとろかせ給ひ道の程御いそきあつて
【左丁】
候ひつれ常たにも日本第一の難所と承る木曽の細道を大雨
をおかし大軍を率ひて一日がうちに十五六里か程を御馬を
すゝめられしかは馬も人もつかれはてゝ候ひきと申《割書:ス》徳川殿
やあ其使はいかにしてかくは遅く参りけるそと御使を召て
御糺問ありしに霖雨ふりて爰かしこ水かさまさり人馬の
かよひ絶て候故に遅参におよひぬと申候康政重て申けるは
又上田の城を攻給はさりしはふるき兵共かあなかちにいさめとゝめ
参らせし故也き 中納言殿には攻やぶつて御通り有へしと
御諚ありしかと年老たる輩をつけ参らせられし事は
陣をも進め謀をも献れとの御事候ぞたとへ御心に叶わせ